幸せだけど、と~っても大変な授乳生活

幸せだけど、と~っても大変な授乳生活 “37歳の専業主婦です。

 

1、5、7歳の子供がいて、全員母乳で育てました

 

母乳にこだわっていたわけではありませんが、全員ミルクを受け付けてくれませんでした。

 

一人目の時はアメリカで出産しました。

アメリカでの出産

ミルクが一般的なため、日本と違って、手厚い授乳指導やマッサージなどもなく、授乳がちゃんとできている自信が全くないまま、出産の翌々日に退院となりました。

 

退院してからは、右も左もわからない状態で夫と二人での育児で、赤ちゃんは抱いても抱いても泣きやんでくれずに、ほとほと困り果てました。

 

疲れ果てて、抱いて歩きまわる元気もないほどでした。

 

「これはきっとお腹が空いているからに違いないっ!」と思い、一生懸命おっぱいを銜えさせてみるも、母乳が出ている気配はなく、乳頭は裂けて痛み、授乳の時間が苦痛でたまりませんでした。

 

きっと肩も凝っていたと思うのですが、そこはアメリカ。

 

しっかり痛み止めを飲むように指導されていたので、肩凝りは気になりませんでした。

 

お医者様に言われた通りに市販の痛み止めを飲んでいましたが、後々調べてみると一般的な量の数倍を服用していたようで、後でドキッとする羽目になりました。

 

息子になにもなくて良かったです。

 

痛みはあるものの、なんとか、母乳を出さねば大変なことになると思い、ひたすらに搾乳機で搾乳(母乳は出ないのでマッサージ状態)をしていました。

 

退院から数日後、やっと母乳が出たと実感できた時には、安心感から泣いてしまいました。

 

二人目、三人目は日本で出産し、特に二人目の時は出産前からおっぱいマッサージの指導があるなど、授乳指導がしっかりしていたため、一人目の授乳期に比べればとってもらくちんでした。

 

授乳の姿勢や赤ちゃんの口の持っていき方などについても、指導をいただき、自分でも少しでも疲れないように、肩がこらないようにと気を付けていたため、痛み止めを飲まずになんとか乗り切ることができました。

 

一人目の苦労があったからこそ、二人目、三人目の時は前もって色々と準備することができたと思います。

 

” “それまで母乳が出ないことに悩んでいた授乳期でしたが、授乳が軌道に乗ってからは、反対に母乳が出すぎることに悩むことになりました。

 

授乳するタイミングを逃した時に、胸がジュワーっと暖かくなってくるあの感じ。

 

その後しばらくして、今度は使い捨てのパッドで吸収しきれなかった母乳が下着に染みわたり、ひんやりしてくる感じ。

 

そしてその匂いを嗅いで、お腹が空いてぐずりだす赤ちゃん。

 

外出している時などは本当に困りました。

 

また、就寝中はあまりに疲れていて、起き上がるのがしんどくて、寝たまま添い乳で授乳していたのですが、片方をあげている時にもう片方から吸ってないのに母乳が溢れでてきて、パッドで吸収できずに、パジャマも布団もびしょ濡れになり、結局起きて着替える羽目になったことも度々ありました。

 

疲れ切っているため、そのまま眠り続けようと試みたこともありましたが、服が冷たくてそのまま眠り続けることはできませんでした。

 

また、生後数か月たって、赤ちゃんの胃が大きくなってくると夜中の授乳は必要ないそうです。

 

むしろ、夜泣きをさせないためには夜中の授乳や抱っこはやめた方が良いそうです。

 

一人目の時はお医者様にOKをいただいた時期に夜の授乳をやめるよう試み、最初の数日は子供が泣いて泣いて大変だったのですが、その後、落ち着いて、朝までの健やかな眠りを手にすることができました。

 

一方、三人目はなかなか体が大きくならず、離乳食もあまり食べてくれません。

 

そのせいか、夜中の断乳を試みたものの、なかなか諦めてくれず、やっと諦めてくれたと思っても、夜泣きは終わりませんでした。

 

1歳9か月で夜だけでなく、昼間の授乳もやめて、授乳自体をやめたところで、やっと夜泣きが終わりました。

 

朝までぐっすり眠れなくても、そんなに疲れていないつもりでしたが、夜泣きが終わり、朝までぐっすり眠れるようになったとたん、身体が一気に楽になりました。

 

疲れていたのだなぁと、夜泣きに頑張ってた自分がかわいそうになった瞬間でした。

 

” “一人目、二人目、三人目の授乳期を合わせると約4年に渡った私の授乳生活ですが、3人目が1歳9か月になった時点でやっと終えることができました。

 

それぞれの断乳のタイミングですが、一人目は1歳4か月の時に私がお腹風邪になってしまい、とても授乳できる状況ではなく、なし崩し的に断乳となりました。

 

二人目は1歳の時に、やっぱり私がお腹風邪になってしましい、同じく断乳となりました。

 

三人目は、そろそろ断乳かなぁと思いつつも、これが最後かと思うと私も淋しくなり、なかなか断乳に踏み切れませんでした。

 

移動の時や外出先で何かあっても、おっぱいがあるというのは心強いものがありました。

 

とはいえ、三人目ともなると上の子二人の行事に連れまわされ、気づいたら「今日、そういえば授乳していない。

 

」なんて日が続き、またもやなし崩し的に断乳となりました。

 

授乳中は大好きなお酒も我慢していましたが、今はお酒が飲めるのが幸せです。

 

とはいえ、酔っぱらって疲れてしまっても育児、家事は後回しにできないため、お酒はほどほどにです。

 

母乳は母親の血とも言われます。

 

授乳期は本当に疲れていました。

 

疲れているのに気づかないほど疲れていたと思います。

 

また、授乳期は授乳時の姿勢などに気を付けていても、肩が凝ってしまいます。

 

そもそもおっぱいが通常より重くなっていますし。

 

また、授乳に割く時間も、一回の時間はたいして長くありませんが、一日で考えてみると結構な時間です。

 

授乳というのは、本当に疲れるし時間もとられるし、大変な作業だと思います。

 

それでも、赤ちゃんはとっても可愛いですし、「本当にこの子が私のおっぱい吸ってたのかしら??」とこっちが照れくさくなってしまうほど、子供の成長は早いです。

 

もう、妊娠することも、出産することもないので、私の授乳経験はこれでおしまいだと思いますが、今になってみると、子供と自分が心から密着することのできた、愛おしい時間だったと思います。

 

私のおっぱい頑張ってくれてありがとう。

 

子供たちは私のこの小さなおっぱいで一生懸命母乳を吸ってくれてありがとう。

 

こんなに大変なんて聞いてない!初めての母乳育児

こんなに大変なんて聞いてない!初めての母乳育児 “第1子である長女が誕生したときのことです。

 

結婚して2年経った頃に授かった待望の赤ちゃん

 

結婚が少し早かったこともあり、友人や兄弟にもまだ子どもがいる人がおらず、全く予備知識がない状態でのはじめての育児が始まりました。

初めての育児

今回は私の育児を振り返って、大変だったことを書こうと思います。

 

出産前には、張り切って育児書を読んだり、産院で開催される母親教室に参加したりしていたので、心の準備はしっかり出来ていると思っていました。

 

母乳を推奨する産院だったので、いかに母乳育児がお母さんと赤ちゃんにとってメリットが多いかという話があり、また、産後はすぐに母子同室で授乳を始めましょうとパンフレットに書いてありました。

 

それを見て、「生まれてすぐに母乳を与えれば、すんなり母乳育児ができるんだ。

 

」と、なんとなく思っていました。

 

28週になった頃、切迫早産で入院。

 

その後臨月に入るまで自宅安静が続き、助産師さんに習った乳首を柔らかくするマッサージをしておきたくても、子宮が収縮し早産に繋がるため、できませんでした。

 

いよいよ出産の日、夜中から陣痛が始まり、朝方には元気な赤ちゃんが生まれました、助産師さんもびっくりするほどの安産でしたが、出産の痛みと疲れは想像以上でした。

 

陣痛が来た夜中からずっと寝ていないのに、出産当日の夜も興奮してほとんど眠れませんでした。

 

ほとんど眠れず、疲れが取れないまま翌朝を迎え、いよいよ赤ちゃんが病室にやってきました。

 

「おっぱいをあげてみましょうか。

 

」と助産師さんに言われ、あげてはみるものの、首もグラグラ、体はふにゃふにゃの小さな赤ちゃんの体を支えて自分の胸の丁度いい位置でキープするのは凄く難しいことでした。

 

授乳クッションを使っても、すぐにずれてきてしまうし…さらに、赤ちゃんの吸い方がどうしても浅い咥え方になってしまうので、何度も助産師さんが赤ちゃんの頭をつかみ、私の乳首にかぶりつかせようとしました。

 

割と一般的なやり方だとあとからわかったのですが、その時はその光景が可哀想で可哀想で、「飲みにくいおっぱいだからこの子がこんな目にあうんだ」と、落ち込んでしまいました。

 

” “それから入院中、何度も助産師さんと授乳の練習をしました。

 

吸い付くことが出来ても、私の乳首が硬いためうまく吸えず、しだいに乳首が擦れて激痛でした。

 

それに、授乳をすると子宮が収縮し、陣痛のようなギューっとした痛みが下腹部に走ります。

 

それはママの体にとっては産後の回復になり良い事らしいのですが、脂汗が出てうずくまりたくなるほどの痛みでした。

 

授乳時は赤ちゃんの頭を手で支え、うまく吸えると思われる体勢でキープさせるため、手の平、手首、肩、腕、腰、全部が筋肉痛になりました。

 

母子同室を始めた日の夜、赤ちゃんが激しく泣いて、抱いても泣き止まない時がありました。

 

おっぱいをくわえさせようとしても、顔を真っ赤にして目をつぶって、体を硬直させて全力で泣くのでおっぱいどころではない状態でした。

 

添い寝をしてみても落ちつく様子もなく、助産師さんを呼ぶと、ミルクをあげるように言われましたが、まだミルクの作り方を習っていませんでした。

 

それを伝えると助産師さんがミルクを持ってきてくれて、やっと赤ちゃんは泣きやみました

 

出産前、母親教室などでは母乳で育てる前提の話しかなく、母乳を飲まない時にどうすればいいのかという話は聞いたこともなかったです。

 

赤ちゃんが母乳をうまく飲めないなんてことがあるなんて予想外でした。

 

私はその夜の、真っ赤な皺くちゃな顔で泣くわが子の顔が頭から離れず、「私に育てられるのだろうか…」と、憂鬱で不安な気持ちがどんどん強くなっていきました。

 

授乳室で一緒になったママさんたちが、次々に母乳育児が軌道にのっていくのもすごく焦りました。

 

三回目の出産のママは、「適当に添い乳してるよ〜」という強者も。

 

「添い乳って何??」「新生児にしていいの??窒息しない??」と、混乱しました。

 

何もかもの勝手がわからず、はじめての育児で手の抜き方なんて分かるはずもなく、育児の世界では自分は素人だな。

 

と思い知った瞬間でした。

 

出産の疲れが取れないまま、とうとう退院の日が来てしまいました。

 

” “ついに退院の日を迎え、実家に戻ってからも、母乳は軌道に乗りませんでした。

 

私の母乳の出が悪く、赤ちゃんも吸うのがなかなか上手にならなかったのです。

 

一回の授乳に一時間かかり、よく飲めないのですぐにお腹がすいてしまい、前の授乳が終わって一時間もすれば、疲れが取れないまま、また授乳をするような感じでした。

 

一日の授乳の回数は10回を超えていました。

 

育児書には、授乳は3時間おき、と書いてあったので、合間の3時間は寝られると思っていたので、こんなはずでは無かった…と思いました。

 

ミルクを足そうとしても、私の実母も母乳育児で私を育てあげたこともあり、母に「ミルクを足すと母乳出なくなるよ!」等言われ、赤ちゃんは空腹のせいか不機嫌な時間が多く、私はどんどん追い込まれていきました。

 

悩んだ末、産後1ヶ月で、産院から紹介された、母乳相談専門の助産院に行ってみることにしました。

 

私のおっぱいの状態と、赤ちゃんの吸い方を見て、助産師さんは、「こんなに吸いにくい状態のおっぱいで今までよくママも赤ちゃんも頑張ってきたね。

 

頑張った。

 

頑張った。

 

ママも赤ちゃん偉かったね。

 

」と言ってもらえて、それまで我慢していた涙が溢れてしまいました。

 

それから、週に一度おっぱいのマッサージを受け、母乳育児に影響を与えないミルクの量をその都度指導してもらい、産後2ヶ月たった頃には、なんと完全母乳になることができました。

 

新生児の赤ちゃんがおっぱいを吸う力が弱くてなかなか体重が増えない場合、赤ちゃんがある程度大きくなって力がつくまでは、哺乳瓶のミルクを飲ませた方が、結果的に早く母乳育児に移行できるそうです。

 

はじめての育児でこんなに追い込まれる前に、もっと早くプロの指導を受けておけばよかった!と思いました。

 

それからは、助産院に行かなくても特におっぱいのトラブルはなく、1歳4ヶ月で自然に卒乳するまで、母乳育児を続けることが出来ました。

 

母乳で赤ちゃんを育てるということに、こんな苦労があるとは、出産前は思ってもみませんでした。

 

 

これじゃイヤ!哺乳瓶断固拒否宣言。

これじゃイヤ!哺乳瓶断固拒否宣言。

 

私には息子と娘の二人の子供がおります。

 

私が26歳と28歳の時にそれぞれ誕生しました。

 

あっという間に年月は流れ、長男は去年に成人式を行い、娘も今年成人になります。

 

先日は振り袖姿の前撮り撮影も行い、すっかり立派なレディに成長した娘ですが、小さい頃は苦労の連続でした。

 

今でこそ笑い話となりましたが、当時は随分と悩んだものです。

 

それはお腹の中にいる時からでした。

 

妊娠中は頸管無力症で早産になりそうだったので頸管を縛る手術をしたのですが、いざ臨月になった時には、すぐに生まれるかと思いきや全開になる前に仮死状態となり、急きょ帝王切開になりました。

 

長男は普通分娩でしたので出産時は初めてという事もあり経験したことのない痛みでしたが、深夜に出産した後、朝の七時には起きて歩くこともできました。

 

ところが帝王切開の手術の麻酔が切れた後は、切ってある上に子宮の収縮もあり痛みが酷くて起き上がる事もままなりませんでした。

 

そして、そんな状況だったためか記憶が曖昧なのですが、最初の二日間はまともに授乳もできませんでしたので、おそらく病院の方でミルクを足してもらっていたと思います。

 

ですから娘は哺乳瓶を経験しているはずなのです。

 

なのに、産後しばらくして、実母や義母に預ける時や外出時などに哺乳瓶でミルクを与えようとすると、口を閉じて絶対に咥えようとしないのです。

 

無理に入れても舌で押し出す始末です。

 

これには弱りました。

 

まず、ほんのちょっとの時間でも預ける事ができないのです。

 

お産から一か月間は授乳の頻度は一時間から二時間に一回

 

これは完母だから仕方ありません。

 

長男の時もそうでしたから。

 

しかし、生後三か月ともなれば授乳と授乳の間隔は長くなります。

 

紙オムツとミルクがあれば数時間は預けられるはずでした。

育児の息抜き

ところが娘は母乳しか受け付けませんから、お腹が空けば、おっぱいを咥えるまで泣き続けることになります。

 

これには弱りました。

 

息子とは二歳違い。

 

夫は協力を惜しみませんでしたが、それでもまだまだ手がかかります。

 

おっぱいから離れない娘。

 

まだまだ赤ちゃんの息子。

 

それでも何とかなったのは同居する義母がいたからだと思います。

 

私は母乳の出る量が多く、飲ませていない時に溜まった母乳を絞るのをさぼるとすぐにパンパンに張って痛くなり大変な事になっていました。

 

初めての子である息子の時には、ある時などは息子の飲む量以上に母乳が出続け、飲むのを止めても母乳が止まらずに顔にかかってしまい、大変な事になりました。

 

量が多くて困ってはおりましたが、息子は母乳でもミルクでもどちらでも良かったので、外出時や預ける時はミルクで授乳していました。

 

ところが娘は絶対母乳宣言とでも言いましょうか、授乳は私のおっぱいしか受け付けませんでしたから、預けて外出する事はなく、外でお腹を空かせた時には仕方がないので、服の中に入れて授乳をしていました。

 

何時でも何処でも授乳せざるを得なくなってしまったのです。

 

当然、服はゆとりのあるデザインのものしか着る事ができません。

 

今思えば結構恥ずかしい状態だったかもしれません。

 

それでもその頃は他人の目など気にしていられませんでした。

 

娘の生命線はただ一つ、私の母乳だけだったのですから。

 

そんなこんなで一年間はとても大変でした。

 

ただ、おっぱいで授乳する頻度が多くなったせいか、張りを感じる事は息子の時よりも少なかったかもしれません。

 

唯一、娘の時の授乳で楽だったのは、おっぱいが溜まりすぎない事でした。

 

それに、最初こそ大変でしたが、慣れてくると、息子の時とは違って外出時にミルク用のお湯を持ち歩く必要もなく、もちろん携帯用の小分けタイプのミルクを買う必要もないし、家でも哺乳瓶は使いませんから消毒する必要もありません。

 

だから、必要経費は紙オムツと衣類ぐらいで、その他諸々は息子の時のものがそのまま流用できましたから、歩いて動きまわるまではそんなにお金はかかりませんでした。

 

自給自足で育てたようなものでした。

 

おっぱいしか受け付けなかった娘ですが、何故か混合だった息子よりもプクプクふっくらと成長したので、栄養が足りないということもなかったようです。

 

そうして完母で育った娘ですが、なぜか離乳は苦労しませんでした。

 

息子がやることをそばで見ていて覚えたのでしょうか。

 

息子がごはんを食べるから娘も真似をして食べ、マグでフォローアップミルクを飲む事もすぐにできるようになりました。

 

大きく育って、顔も真ん丸の綿あめのようだったのが、歩くようになると急にスッキリとしたのも不思議でした。

 

なお、授乳期間中に何度か出が悪くなる時があったのですが、なぜかその時は1.5リットルのコーラを一気飲みすると出る量が元にもどったのでした。

 

どういう理屈でそうなったのか、単に水分不足だったのか、それともコーラの成分に母乳を増やすものが含まれているのか、まったく不明でした。

 

他の飲み物でも同じ効果があったのかもしれませんが、なぜかその頃はコーラ以外は頭にありませんでした。

 

まだ20代で体力もあったから、コーラ1.5リットル一気飲み等という無茶な事もできましたし、夜中に何度も起きる授乳の頻度にも耐えられる事ができたのでしょう。

 

時には寝ぼけながら、またある時は秋葉原でも授乳をしました。

 

時々思い出してヒヤッとするのは、添い乳をしながらうっかり寝てしまったことです。

 

二人ともやってしまったことがあるのですが、一歩間違えれば押しつぶしてしまったり、窒息させてしまったりしまったかもしれません。

 

運が良かったのか、二人とも死なせずに何とか成人するまでに育ちました。

 

授乳期間中には色々と苦労することもありましたが、20年も経つと辛かった気持ちはだいぶ薄れてきたようです。

 

忘れる事が良いともかぎりませんが、必ず離乳というゴールがやってきます。

 

乳首がちぎれんばかりの強さで思い切り噛まれたこともありましたが、その力で乳首ではなく焼き鳥をかみちぎる様になりました。

 

大きくなって、二人と一緒に母乳ではなくビールを飲む日も近づいてきました。

 

そのビールへの道は母乳から始まったのです。

 

大変でしたが、苦労が報われました。

 

初めての授乳生活は苦労続き。でもやってよかったです。

初めての授乳生活は苦労続き。

 

でもやってよかったです。

 

“私の授乳時期は、出産後から子供が1歳8か月になるまででした。

 

授乳について、出産から断乳まで3回に分けて記載していこうと思います。

 

まずは、出産から子供が半年になるまでを書きます。

 

この期間が一番つらい時期でした。

 

理由は、3時間ごとの授乳頻度プラス家事で睡眠不足になり、おまけに母乳トラブルがひどかったからです。

 

私は出産前、母乳が詰まることなんて全く知りませんでした

 

出産前は、出産についての雑誌など、軽く読む程度だったのが問題だったのかと思ったのですが、あとあと雑誌などを見返しても出産前の雑誌には授乳生活について詳しく書いている本はなかなかありません。

 

出産後の雑誌にはもちろん掲載されてますが…なので、これから出産予定の方には、出産前に知識として、授乳について色々調べるておいた方がいいのではないかと思います。

 

一言に、授乳は大変です。

 

自分の身を削りながら、我が子を食べさすのです。

 

睡眠不足との戦いです。

 

体力と精神力との戦いです。

大変な育児

自分の仕事は授乳だけではないので、ほかのこともしないといけません。

 

でも喜びでもあり、財産にもなります。

 

私は完母という言葉を出産後に知りました。

 

粉ミルクに一切頼ることなく、授乳のみで子育てをするということです。

 

私にとって授乳のイメージは、粉ミルクのイメージがすごく大きかったです。

 

が、結果私は完母で我が子を育てました。

 

出産後、子供が低体重ということもあり、飲む量がすごく少なった我が子。

 

それに対し、私の母乳はとても量が多かったようです。

 

飲み残しが多くなり、胸がはり、つまり、痛むようになりました。

 

胸が痛くなる、母乳がつまることがあるだなんて出産後、自らの体験で知ることになります。

 

当時は、これは自分だけなの?とかなり不安になり、痛くて夜眠れることも多々ありました。

 

そこで出会ったのが桶谷式です。

 

桶谷式母乳育児推進協会といって、母乳トラブルをもったお母さんを助けてくれる、プロの方が全国にいます。

 

私は二人の先生にお世話になりました。

 

二人目の方が私にとって、トラブル母乳を快方してくれる駆け込み寺的存在になり、また同時に母親的存在になりました。

 

生まれてから半年までは、ほぼ毎日のように桶谷の先生のところにいき、マッサージをしてもらいました。

 

外に行くことで、多少気分転換にもなりましたし、詰まるのが自分だけではない、同じような悩みを持っている人がほかにもいて、同じように子育てを頑張っているということも励みになりました。

 

” “次に半年から職場復帰の子供が一歳になるまで。

 

子供が六ヶ月を過ぎると、離乳食が始まります。

 

しかし桶谷式、また私の母乳の量を考え、離乳食が始まっても、主は授乳でした。

 

なので、授乳時期ははずっと3時間ごとに授乳を行いました。

 

夜中ももちろんあげるので、睡眠不足との戦いですが、半年もすでにやっているので、短時間で濃い睡眠をとれるように体が変化したのを感じました。

 

朝の授乳、その後、母乳で満たされない量を離乳食で補うという方法です。

 

なので、1歳すぎるまではそんなに離乳食の量を食べるというイメージはありませんでした。

 

しかし子供が一度に飲む力、吸う力が増えてくるので、授乳時間は半年までに比べると、あっという間に終わります。

 

時間にして15分かかるかかからないかだった気がします。

 

また私の場合は、断乳までずっと詰まりと共存していたのですが、 子供が六ヶ月ぐらいになると、飲む量、力も増えてきて、詰まってもすぐ抜けるようになりました。

 

そして桶谷で詰まる原因を色々教わりました。

 

詰まった時の応急処置として家で簡単にできることを教わり、常に実践しました。

 

もし詰まったら、適度に冷やすことがいいそうです。

 

ぜひキャベツ湿布をやってみてください。

 

詰まっている、痛い場所にキャベツを貼るのです。

 

ひんやりして気持ちいいと同時に、気休め、詰まりがとれやすくなった気がしました。

 

三時間ごとの授乳生活。

 

毎日睡眠不足だったので、夜中の授乳後、手間がかかる応急処置はしたくなかったので、キャベツを貼るだけというこの処置はかなりお手軽でよかったです。

 

また離乳食が始まると、キャベツもずっと冷蔵庫にあるものだったので、一石二鳥です。

 

あとは食生活の見直し。

 

食事内容によって、詰まりやすくなったりするということだったので、授乳期間中は、乳製品、もち米、小麦製品は取り除きました。

 

牛乳から豆乳へ、バターからオリーブ油やグレープシードオイル。

 

小麦から米粉などなど。

 

マクロビという食事方法に近い食事内容に変更。

 

そのおかげでかなり健康的な生活を送ることができるようになりました。

 

苦しみの反対側に新しい考え方、新しい境地をしることができ、自分の財産をつくることができました。

 

” “最後に、子供の一歳から断乳までの授乳時期について。

 

私は職場復帰をしたので、これは新しい生活になりました。

 

職場の上司に相談し、搾乳時間を設けてもらうようにしました。

 

朝出勤前に授乳し、子供を保育園へ。

 

基本的には3時間ごとの頻度で搾乳を職場で行いました。

 

ありがたいことに母乳の量もさすがにここまでくると落ち着いてくるみたいで、朝の授乳から6時間後に一回搾乳し、それからお迎え、帰宅して即授乳という流れで落ち着きました。

 

桶谷では、搾乳機の使用を避けるよう教えられていたので、自分の手で絞ります。

 

これも子供が生まれたころはどうやって搾乳するのか分からなかったのですが、それにも慣れ、手でできるようになりました。

 

母になるってすごいなと感じた点でもあります。

 

仕事をしながらでも、夜中の授乳は必ずやっていたので、睡眠不足との新しい戦いがやってきました。

 

いくら短時間で深い眠りをとれるようになっていたとはいえ、つらいものがありました。

 

しかし、我が子のためです。

 

母は強くなれるとはこのことだなと感じながら、やり遂げました。

 

最後にこうやって振り返ってみると、私の授乳時期で一番苦労したのは、出産後から6ヶ月ぐらいまでです。

 

私の胸は食生活を変えても、断乳までよく詰まったものですが、自分で抜けるようになりました。

 

食生活を変え、体の中も変わってきていたのか。

 

何が正解なのかはわかりませんが、詰まりは最後までありましたが、詰まる頻度も減ってきて、また詰まったのねー、はいはい。

 

と気持ち的にも余裕がでてきました。

 

初めての出産。

 

初めての子育て。

 

初めての子育てと家事の両立。

 

いろんなことが同時進行に進み、いろんな苦労を一度に背負う瞬間があります。

 

でも世の中の人をみても、みんな乗り越えれているように、いつかはコツをつかみ、乗り越え、両立できるときがやってきます。

 

自分が渦中にいる時は、先の見えない毎日に涙することもあるでしょう。

 

3時間ごとの授乳に体力的にも限界がくることがあると思います。

 

でも長い人生で、授乳期間はほんのわずかです。

 

しんどいのもわずかです。

 

どんなに詰まっても、いつかは抜ける日がやってきます。

 

そう思って、どうせやるなら楽しくやっていただきたいです。

 

授乳の一番の苦しみ。

 

睡眠不足に体力、精神的疲労。

 

でもどれもかわいい我が子のためです。

 

せいいっぱい楽しみながら進めてほしいです。

 

そして断乳したら、あのときよく頑張ったなと自分をほめてください。

 

誇りに思ってください。

 

話は変わり、私は本当によく詰まり、ほぼ毎日のように桶谷の先生のところへ行って、マッサージをうけてました。

 

断乳後、ふと気づいたのですが、出産前の胸と今の胸は全く違います。

 

前はもっと固い、ずしっとしていた気がするのですが、体の中の悪いものを全部吐き出したからでしょうか?今ではとても軽く、乳がん検診のマンモも全く痛みがありません。

 

柔らかくなりました。

 

なので授乳生活は大変でしたが、自分の悪いところを全部出しきったと思えば、苦労話も成功話になるのだなというのが私の本音です。

 

かなりしんどかったですが、やりきってよかったです。

 

私は完母でなんとか乗り切りました。

私は完母でなんとか乗り切りました。

 

出産した病院が母乳推奨の病院であったこともあり、出産直後から母子同室でかなりスパルタな除算しさんたちに囲まれて授乳の指導をうけてきました。

 

出産後の授乳室には疲れが溜まったママたちがたくさんいましたが、とにかく母乳を飲ませることを推奨され基本的にミルクはどうしても授乳できないママだけでした。

 

私の場合も出産直後から母乳をあげ、ミルクを哺乳瓶であげたのは2回だけ。

 

母乳をだすためにも、とにかく泣いたらくわえさせなさいと言われ必死でした。

 

初めての出産でしたので、授乳のやり方もよくわからず一番スタンダードな寝かせての授乳をしていたところ乳線がつまって白斑もできてしまいました。

 

(母乳の出る乳線がつまって白くなることを白斑というそうです)私の場合は助産師さんの、マッサージのおかげでつまりもとれましたが、つまったままひどい場合は熱もでるそうです。

 

これが、いわゆる乳線炎だそうで、母乳育児しているママさんはたいていかかるみたいです。

 

私の場合は旦那も忙しいので、ほぼ一人での育児でしたので熱をだして寝込むわけにもいかないと思い、とにかくつまらないようにするように授乳の仕方や食事制限などをみっちり助産師さんに入院中の間に教わりました。

 

出産してから、あれも食べたいこれも食べたいなんてこれまでの我慢がなくなるかと思いきや、ここからさらに1年近くも節制しなきゃいけないので辛かったです。

 

母乳のための食事というのが、とにかくお米を食べること。

 

そして乳製品や肉類はつまりやすいので控えてくださいというものでした。

 

この食事制限が一番辛かったです。

 

ただ生後3ヶ月も過ぎれば、母乳の出もかなりよかったのでたいして守ってもいませんでした。

 

とにかく赤ちゃんもお母さんもなれるまでが大変でした。

 

授乳の仕方に関しては、乳線がつまらないようにまんべんなく色々な方向から飲ませることでした。

 

赤ちゃんを横にだいて、横から飲ませるフットボールに縦いだっこした状態で飲ませる縦抱きに横だきと3パターンを組み合わせてかつ交互に授乳しました。

 

授乳はとにかく疲れます

 

母乳は血からつくられるので、常に血をすわれているようなものです。

 

そして母乳はとにかくミルクに比べて消化がいいので、腹持ちがわるくすぐお腹がへってしまいます、うちの子は本当によく飲むので3時間はもたず2時間ごとに授乳してました。

 

夜中の授乳ももちろんで、夜なんて横になるくらいで精一杯でした。

 

意識を失っていたこともよくありましたし、ぐっすり睡眠をとれるようになったのは1才になった最近です。

 

とくに完母にこだわりがあった訳でもないのですが、母乳がでるのでミルク代をかけたくなかったので出るなら飲ませようとやってきました。

 

完母のいいところといえば、ミルク代が全くかからないことと免疫がつよくなることでしょうか。

 

うちの子は1才数ヵ月になりましたが、熱を出したことも数回ですし風邪をひいても2日ほどですぐなおります。

 

保育園に入れるにあたってここは本当に助かりました。

 

あとは外出時の持ち物がほとんど必要なくおむつとおしりふきだけ持っていけば大丈夫です。

 

ミルクの場合は、ショッピングモールや駅ビルの授乳室に無料のお湯が用意してありますが哺乳瓶と粉ミルクをもってあるかないといけないので荷物が多くて大変だと思います。

 

友人とご飯をしていても、おっぱいを欲しがるので最初は抵抗があたものの人前でもケープで隠したり個室で食事する場合は気にせず外でも授乳できるようになってしまいました。

 

母乳の場合本当に体力をつかうので、よく泣いて自分の食事も満足にとれないときのピークの頃は1ヶ月で8キロ落ちてしまいました。

 

ただ痩せてうれしいというよりもげっそりしてやつれてしまったので、とにかく子育ては体力勝負だなと実感しました。

 

そしてお腹もとにかく減るので、おにぎりなどをおやつとしてガツガツ食べるようにしてました。

 

完母で疲れが溜まったママは夜は、限界がくるとミルクを飲ませて寝かしつけて自分も一緒に寝るという方法もありましたが、私の場合は3時間あくとおっぱいがひどく張ってしまうのでミルクも使えず辛かったです。

 

うちの子は1才になり保育園も無事に決まったので、授乳期のしめっくくりとして今断乳の真っ最中です。

 

これがまた、授乳していたときのつらさよりも辛いです。

 

とくに完母できてしまったので、赤ちゃんからすれば今まで好きなだけ飲んでいたのに急にダメといわれるのですから悲しくて仕方ないですよね。

 

とにかく昼間だけでも授乳をやめなければならず、今はまだ完璧な断乳ではないのですがそれでも断乳を始めた日は泣気続けてました。

 

何度折れて授乳してしまおうかとも思いましたが、自分も泣きながら我慢させました。

 

今ママたちの中には断乳ではなく自然と子供が飲むのをやめる卒乳という方法をとるママたちもいますが、授乳室で2才とか大きな子供がいるとちょっとどうかなと思います。

 

断乳はお母さんだけのためではなく、子供にとってもきちんとご飯を食べるようになるというメリットもありますのである程度になったらきっちり断乳をするようにしたほうがいいと私は思います。

 

ダイエットのために母乳あげているなんていうママもいるのですが、子供のこと本当に考えているのかなとか思ってしまいます。

 

授乳期の辛さは、子育てに協力的なパパいてもやっぱりそこはママが一番辛いと思います。

 

パパはとにかく疲れが溜まったママをとにかく気遣って家事を手伝ってくれると助かります。

 

(CMみたいにミルクをあげたり搾乳した母乳をあげるなんて我が家では考えられませんでした。

 

搾乳する前にのんじゃうし、そもそも完母で哺乳瓶すら使わなかったので)授乳期の睡眠不足も永遠と続くわけではありませんし、短い睡眠でもしっかり寝れて動けるようにしておくと今後仕事復帰を考えているママにはいいかもしれません。

 

とにかく仕事がはじまれば、やることがやまほどあるので。

 

今では授乳期の大変さも懐かしいなあと思います。

 

完母でもミルクでも子供はよく育ちますし、ママの体力がついていかないような時はミルクを併用してうまく乗り気ってほしいです。

ぐずる子供

子供のためにかかせない授乳の苦労について

子供のためにかかせない授乳の苦労について “私には子供が3人いますが、3人共完全母乳でした。

 

1人目の時から、おっぱいの出がよく、出産して入院中から看護師さんに関心されるほど、ありがたいことに結構な量の母乳がでていました。

 

しかし、母乳で足りていたので、哺乳瓶を使わないでいたら、哺乳瓶で飲むのを完全拒否されてしまいました。

 

なので、何か用事があって預かりたくても、次の授乳時間までには帰って来なければなりませんでした。

 

離乳食を食べるようになるくらいまでは、3時間おきにお腹がすく。

 

がほとんどだったので、本当に子供と離れてどこかに出かける。

 

ということがありませんでした。

 

しばらくすると、授乳のことを考えたり、おっぱいに気持ちがいくと、ジワーっと母乳が漏れてくるようになりました。

 

いつのまにか服が濡れていて、初めはとてもびっくりしました。

 

あとは、母乳を飲ませると反対側のおっぱいからジワーっとでてきたりしていたので、いつも母乳パットは忘れられませんでした。

 

母乳パットはちょっと母乳が染み込むと、かゆい感じがしたり、臭いが気になるので、新生児期のうちは何度も交換していたので、パンパースのように消耗が早くて、たくさん買いだめしていました。

 

家にいる時には、タオルを母乳パット代わりにして、洗い替えしていました。

 

新生児期は授乳回数も多いうえに、その後のゲップもさせなければなりません。

 

なかなか出ない時があったりで、1人目の時には出るまで頑張って背中を叩いたり、さすったり、体の向きを変えてみたりしていました。

 

なので少ししてからは、夫の協力でゲップ係になってもらっていました。

 

その頃は母乳をあげてる時間が、私のゆっくりできる時間でした。

 

つきっきりになって、バタバタしてしまう時間帯は、完全母乳だと授乳に時間がかかってしまうので、夫がゲップやパンパースを替えてくれると、とても楽になりました。

 

おかげで、家の中の仕事がはかどるようになり、子供との時間もたくさんとれるようになって、心にもゆとりができました。

 

次に、外出中の授乳についてです。

 

完全母乳の私は、哺乳瓶をたくさん持ち歩かなければいけない。

 

ということはありませんでしたが、1人目の時はなぜか、片方飲ませている間に、反対側から出たおっぱいを哺乳瓶に入れていたので、1本哺乳瓶を持ち歩いていました。

 

あとは、買い物に出かけた時には授乳室があるかをまず初めに確認するようになりました。

 

いく場所はだいたい限られてきて、近くだと3時間以内の場所に行くようになり、遠出だと私たちは授乳室が充実している、イオンに行くことが多くなっていました。

 

私たちの住んでいる地域は、大型ショッピングセンターなどがなく、子供の大きい買い物などは、2時間〜3時間かけて、イオンなどに出かけることが多かったので、なるべく行く前に授乳して、着いてからお店の授乳室で授乳するという感じにしていました。

 

たまにバタバタで、行く前に授乳できなかったり、長距離でグズってしまった時には、止まって車の中で授乳したりもしていました。

 

大型ショッピングセンターの授乳室は何部屋もあるので、何人も授乳していても、授乳スペースがあってよかったです。

 

大部屋のようなところでそれぞれ授乳する。

 

というスタイルの授乳室もありました。

 

そこでは、少し会話があったり、同じくらいの子がいるのを見ると、成長を確かめられたり、なんだか苦労を分かち合えるような感じがして、安心感がありました。

 

買い物はだいたい夫と一緒に回っていた私たちですが、授乳期間中は、授乳の時間は夫が一人で買い物して、パンパースを取り替える時は夫がやってくれたりと、分担するようになりました。

 

なかなかふだん、ゆっくり買い物などできないし、子供と離れる機会がないので、夫の協力で分担してくれると、とてもストレス発散になって、ゆっくりと買い物ができました。

 

私が知っている、大型ショッピングセンターのベビールームは、授乳室には男の人は入れませんが、それ以外はソファでミルクがあげれたりと、お父さんがあげてる方もたくさんいたので、みなさん協力してもらってるんだと思い、微笑ましくなりました。

 

” “次に母乳育児のあるあるを紹介したいです。

子どもの授乳

夜中の授乳についてです。

 

産んでから、とても大変、辛いと思うのは夜中の授乳です。

 

初めは母乳だと起き上がっておっぱいを咥えさせるだけなので、ミルク育児の泣いてからミルクを作ってという、一連の動作をするよりは楽だなと思っていたのですが、月齢進んでいくにつれ、母乳は3時間おきから4時間か5時間おきになるくらいで、朝まで1回も起きないということは全然ないのに、中には母乳でも朝まで起きない子もいるようですが。

 

ミルクは腹持ちがいいみたいで、ほとんど朝まで熟睡。

 

という話ばかりでとても羨ましかったです。

 

子供が3ヶ月をすぎたあたりからは、いちいち起き上がるのも辛くなり、添い乳といういい方法を知り、横になったまま、おっぱいをくわえさせてあげていました。

 

いくらかは楽できましたが、やっぱり夜中起こされるのは、とても辛かったです。

 

次に、7、8ヶ月くらいから自我で始めてくると、家ではいいのですが、外出先でも眠くなったり、甘えたくなると、おっぱいを飲もうと服をめくってきたりするのが厄介です。

 

場所など関係なく、めくってくるので、外出先では夫がいる時には、夫の協力で他の場所に気晴らしに連れてってもらったり、気をそらせてもらっています。

 

授乳は飲みたがるまで飲ませなさい。

 

という説もあれば、虫歯などの原因にもなるので、早めに辞めたほうがいいという説もあるので、どうしたらいいのか迷います。

 

3人子供がいる私の場合は、上2人はあまりおっぱいに執着はなかったことと、寝る時や甘える時に、おへそを触ることで安心するのか、おへそで眠っていたため、おっぱいを辞めるのはそんなに時間がかからず、すんなり辞めることができました。

 

しかし現在3人目授乳中で、とてもおっぱいに執着があり、1歳半の今でも眠い時や、少しでも暇があるとおっぱいをほしがります。

 

授乳のやめ時は、何人育ててもわからないし、本当にそれぞれなんだなとおもいました。

 

山あり谷ありの私のおっぱい育児

山あり谷ありの私のおっぱい育児 第一子を出産するまでは、出産の大変さばかりが頭にあり、これからはじまる母乳育児への不安を感じるどころか、全く無知の状態なので、初乳が黄色いこと、それには免疫がものすごく含まれていることなど、すべてが初耳、初体験のことばかりで幕を開けました

 

第一子を産んだ病院は母子別室のため、赤ちゃんは新生児室にいたので、3時間おきに授乳室に通うことになるのですが、出産後24時間は母親は安静にということで、授乳に通えずにミルクを与えられていたみたいです。

授乳中の赤ちゃん

後からこのことをものすごく後悔することになるのですが、母乳をどのくらいの間隔で赤ちゃんに飲ませるのか、そもそも、新生児という存在と初めて接することになるのでどのくらい飲んでどのくらい寝るのかさっぱりわかりませんんでした。

 

24時間はおっぱいをあげれないと聞いても不思議にすら思いませんでした。

 

会陰切開の傷がとても痛み、おっぱいどころではなかったのですが、みるみる腫れてカチカチになるおっぱい。

 

これが最初のおっぱいトラブルです。

 

自分の体がこんなにみるみる変化するんだと不思議な気持ちでしたが、会陰切開の傷の痛みだけでなく、後陣痛もひどく、熱をもったおっぱい。

 

出産後にこんな痛いことがあるなんて、誰も教えてくれなかったし、本に書いてないかったような・・・と意外とつらい入院生活でした。

 

出産後数日たつと、体の痛みもだんだん癒えてきましたが、おっぱいだけは別です。

 

今にもはじけるんじゃないかと思う私のおっぱいに対して赤ちゃんの吸う力は微々たるもの。

 

吸われるとすぐに新しいおっぱいがトクトクと湧くのに途中で寝てしまう赤ちゃん。

 

やばい!次のおっぱいまであと3時間!おっぱいがはじけるー!と何度も思いました。

 

しかもここの病院は授乳室の入り口に栄養たっぷりの野菜ジュースなどが毎回置かれているんです。

 

水分を摂ってたくさん母乳をだして!ということなのでしょうが、私にはつらかったです。

 

1週間がたち、私は里帰りしていた実家に戻りました。

 

病院では夜中はお母さんの安静のために3時間間隔で授乳室に無理に通わなくてもよかったのですが、そうするとミルクを飲まされるので、それが嫌で頑張って夜中も起きて授乳室に通っていました。

 

実家に戻り、赤ちゃんと常にそばにいれる状態になると昼間はこまめにあげていました。

 

ですが、結構よく寝る赤ちゃんで、夜中は起こさなかったら大丈夫かな?というくらい長時間寝ていました。

 

よく出るおっぱいの割によく寝る赤ちゃん。

 

赤ちゃんと私のあまりタイミングが合わず、悩んでいたところ、母が親戚からおっぱいマッサージをしてくれるいいところがあるよと紹介してもらい通うことになりました。

 

新生児を抱え車で30分ほどかかる助産所に行くのは結構大変でしたが、とりあえず行ってみると・・・。

 

おばあちゃんくらいの年齢のベテラン先生が赤ちゃんの抱き方から私が知らなかったことをいろいろと教えてくれました。

 

抱き方も相当悪かったみたいで、とにかく深く飲ませなさいと言われました。

 

実践もしてもらいましたが、なかなか自分ではうまくできなかったです。

 

一番に掲げているのは、昼間、夜中にかかわらず2時間半おきに授乳するという指導でした。

 

そして、もち米など食べてはいけないものもいろいろありました。

 

初めての出産で若かったし、意気込んでいたのもあって、その初めて聞いた指導を忠実に守ろうとしばらく努力しました。

 

夜は赤ちゃんが寝ていても、私がいくら眠たくても目覚ましをかけて2時間半以内の授乳です。

 

たしかに短時間授乳をするとおっぱいが真っ白から少しにサラっとした薄い青白い色に変わります。

 

それが質のいいおっぱいの証拠だそうです。

 

張るまえに飲ませる、なのでこれが忠実に実行できれば確かに楽は楽です。

 

ですが、寝れないのです。

 

睡眠不足で思ってもみないおっぱいトラブルです。

 

つまり、精神的に悩むのです。

 

これでいいのかと。

 

寝ている赤ちゃんを起こしている自分に迷うのです。

 

お腹もすいてないのに自分だったら食べれるのかと。

 

眠たいのに起こされてはいごはんよ、と。

 

“ある時、赤ちゃんにおっぱいを噛まれて傷ができて痛くて痛くて授乳が怖くなった時にまた通いました。

 

噛まれるのはおっぱいがまずいからだ、お母さんがいい食事をしてないからだと言われてまた落ち込むわけですが、それもそうかもしれないと思いあたることもありました。

 

傷ができたときはユキノシタという葉っぱを貼り、赤ちゃんを寝かせて反対から覆いかぶさるようにして、力のつよい下唇が傷に当たらないように飲ませるやり方を教えてもらいました。

 

その後も、おっぱいがつまり乳腺炎になった時に絞ってもらったり、何度か足を運んだと思いますが、金銭的にもつらくなり、何より心に余裕がなくなり、通うのをやめました。

 

またおっぱいトラブルがあったらどうしようと悩みましたが、その時はその時に考えようと思いました。

 

思えば第1子の時が一番悩んでいたと思います。

 

アレルギーもあったので、私の食べ物にも大変気を使いました。

 

第2子にもアレルギーがあり、乳腺炎になったのを機に途中でおっぱいを中止する薬を飲み、泣く泣く母乳育児を途中で断念して大豆ミルクに切り替えました。

 

第3子、第4子の時は出産した産院が母乳育児に大変力を入れていて、産むだけでなく、産んだ後のおっぱいトラブルへの対処を夜間でも救急扱いでしてくれて何度助けられたか分りません。

 

あの乳腺炎の言いようのない痛みと不安を取り除いてくれる場所があると思うだけで安心したものでした。

 

自分自身の体も変化したのか第4子の時は乳腺炎に一度もならず赤ちゃんが欲しいときにあげる、私が理想とするまさに自然育児ができました。

 

いろいろ失敗し、悩んだからこそできた母乳育児だったと思います。

 

最初から自然にできればよかったのかもしれませんが、あれこれと悩みやってきたこともひとつの愛情の形でこれもよかったのかなと今では思っています。

 

今でも時々思い出す懐かしい時間でした。

 

山あり谷ありの母乳育児でしたが、きっと自分も母として大いに成長させてもらったと思っています。

 

 

作られすぎる母乳で胸がカチカチに

作られすぎる母乳で胸がカチカチに “子供を授かり産んだ直後から母乳が沢山出ました。

ぐずる赤ちゃん

助産師さんからも最初は全くでない人も、沢山出る人も個人で差はあるけど最初は数滴出る人がほとんどですと言われていたけど私は産んだすぐから沢山でる体質でした。

 

妊娠期にバストは2〜3カップは大きくなり妊娠前とは随分違う体型になりました。

 

大きくなった胸からは母乳が大量に出てきて常に搾乳していないとカチカチですごく痛いのでさんが直後からこの症状はとても辛かったです。

 

生まれたばかりの我が子も沢山出てくる母乳に追いつくわけもなくうまく吸えなくて中々うまくおっぱいを飲ませてあげることができませんでした。

 

私自身初めての経験なのでとても不安でうまく母乳を飲ませてあげれないことに落ち込み気味で産後はマタニティブルーにもなりやすく1人の病室で我が子を抱っこしながら泣いたことを今でも忘れられません。

 

入院1日目の夜は本当に胸がカチカチですごく熱を持つので助産師さんに2時間おきに保冷剤を届けてもらい冷やして搾乳しての繰り返しでした。

 

入院中はずっとこんな感じでしたがそれにも慣れてきて不安になることはありませんでした。

 

我が子は必死に自分のおっぱいを飲んでくれるし母乳が出ないよりかは沢山出た方がいいに越したことはないのでプラスに考えるようにしました。

 

母乳は自分が食べたものが全て移行して赤ちゃんに移ってしまうので自分の食事は特に心がけました。

 

妊娠中〜授乳期は特に国産のものを食べ脂っこいものやカフェインは控えるようにして野菜や魚中心の栄養素の高い食事にしました。

 

ただあまりにも意識しすぎるとそれがストレスになってしまうので無理のない範囲で心がけました。

 

沢山でてくれた母乳のおかげで1歳半まで感母で育てることができました。

 

母乳は子供とコミュニケーションがとれる一番のふれ合いなのでやめさせる時は少し寂しい気持ちもしましたが断乳してからもしばらく母乳は作られていたので最初から最後まで沢山出てくれて感謝です。